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司馬フェア へなちょこちょこな日々
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2006/07/05.Wed

司馬フェア

一年に一遍くらい
司馬フェアが自分内で開催されてるみたい。


(去年は功名が辻を読んでたし。)
(その前は竜馬と土方くんが。)
(今年はまた竜馬が来ました。)

(おいらは司馬先生のことを
おじいちゃんみたいに感じてしまっている失礼なところがあって)
(どーも迷ったり、悩んだりすると司馬先生とお話したくなるようです。)



もう何回か読んでるので
自分の中の記憶と照らし合わせたりして読み進む。
前に読んだ時は話の筋を追うのに精一杯だったけれど
もっと深いものだったんだ、、とか。
いろいろ気がつくことが出てきてさらに面白い。
・・・少しは成長したんだべかー、とも思えて。

維新の始まる前に
刃に倒れたたくさんの若い命があったことが気になった。
胸が締め付けられる思いがする。
調べがついたであろうものには
きちんと・・・どの藩のどの氏名のもので
こういう関わりがあって、こういう死に方をした、と
細々と書かれている。
竜馬の人となりを表すエピソードももちろんだけれど
こういったことを書きたかったのかな、とも思う。

現在三巻目読破中~。
読み出したら止まらないねー。

で。

前に読んだときには
気がつかなかったところを今回発見して
お?とちょっと驚く。

今回発見したのは
竜馬がゆくの一節の中に
おいらの町のお殿様の名前がさらっと出てきたんす。一行だけでしたが(笑)
前は気がつかなかったー(大笑)

おいらが今住んでいる所は
もともとおいらの産まれた町で。
(かーちゃんの実家で産まれたんすねー)
親戚縁者がごっそりいるところでありまして。
父方は分家筋ですが母方は本家筋だったりして
誰かに聞いたら繋がりがすぐにわかるような小さな町なんす。
おいらは育ちは東京なので
今まであんまり気に留めなかったんですけど
おいらの住んでる小さな町は、昔々、お城がありました。
おいらの住んでるアパートから自転車で10分くらいのところにあります。
ここは城下町だったんです。○○藩だったのです。

・・・・あ、そっか。

幕末に活躍した大藩ではなかったけれど
この小さな町も明治維新をくぐり抜けてきたんだわ!と。
燃えよ剣で、この小さな町のことがちらーっと出て来た時も驚きましたが
でもそのときは、藩だった、っていう視点がすこーんと抜けてました。
譜代大名だったので関が原では東軍だったんだろう、と推察できるうちの殿様は
江戸城下でずいぶんと大きなお屋敷をもらってたようですよ。
役職にもついていたようですが名前が出てこないあたりを見ると、、(推して知るべし 笑)

明治維新のことは
お芝居やドラマにもいっぱいなってるし、様々な書籍もあるし
歴史として知ってるし、興味を持ってみていたけれど
でも
なんとなく、遠い世界の話のように聞こえていたんだね。
薩摩と長州と土佐ばかりが目立つしね。
それが実は、こんな小さな町もちゃんと繋がっていたのね。と驚いたんだね。

殿様の菩提寺の檀家総代をずっと勤めていたらしい
母方の親戚筋や町政に関わっていたひいじいさん。
ゆかりの人たちになら
そこらへんのことも聞けるかもしれないんだなぁ。
・・・へぇ、、おもしろーい。
年寄り相手の話題が出来たぞ(笑)
そういえば、慈覚大師(円仁)の生まれた町じゃないか、とも言われてるんす。
こんな小さな町なのにねぇ・・・。意外に歴史があったんですねぇ。
知らんかったわー(ははは)

司馬先生もエッセイの中で
著書の中に自分の先祖の名前を見つけた人から
詳しいことを教えて欲しい、という手紙が来る、と苦笑してましたが
・・・・なんとなく気持ちはわかる。
しやしないけど、聞きたくなる気持ちはわかる(笑)
自分が歴史とちゃんと繋がってるんだ、、、ていう喜びといいますやろか。
なんといいますやろか。


もしかすると
殿様は京都にゆかりのある人かもしれないです。
町のお祭りが八坂祭というのです。
そこらへんのことも・・・年寄りに会ったら
話のついでにちょいと聞いてみようかと思います(にっ)
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