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アッコちゃんの時代 へなちょこちょこな日々
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2007/12/27.Thu

アッコちゃんの時代

アッコちゃんの時代 (新潮文庫 は 18-12)アッコちゃんの時代 (新潮文庫 は 18-12)
(2007/12)
林 真理子

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平積みになってたのを
なんとなく買ってきました。


林真理子の書く文章は
女性の持つ
妬みやら嫉みなんかもさらっとあけすけにしながらも
ミーハーなエッセンスをたっぷりかけて
たくましさや生命力に転じてる感じが
さくさく軽~く読めるので
結構気に入っています。

そんなに読んでるわけではないけど
一番のお気に入りは、、、
「ミカドの淑女」かな。。



バブルの真っ只中のあの時代、
林真理子さんがananに連載していたエッセイを
よーく読んでいた。
(確か今も題名は変わってるかもしれないけど連載は続いてるはず)
同じ時代を林さんと一緒にみていたような感がある。

実はおいらは
バブル、ドンピシャの世代だったりするわけ。
この物語の主人公とされる、実在する人物は
おいらよりも2~3つ上の年齢の方、、、と推測します。

確かにリアルにあの時代に生きてた。
事件のことなんかは、もう忘れてしまったけれど
(地上げとか、、、公定歩合がなんたら、、とか)
あの当時の空気感、、
ブランド志向、とでも言うのか
日本中がはしゃいでいたようなあの感覚は
よく覚えている。

でも、
地方に住んでいるせいか
とても人事のように感じていた。
うまいことすり抜けてきちゃったよなー、、ってのが実感。
踊るのは好きだったけれど
ディスコに行ったこともない。
特に行きたいとも思った事がなかった。
ほんとに人事だった。
あの時代の浮かれているようなお祭り騒ぎの人たちに
あまり関心もなく、、、かといって
眉をひそめるほどのことでもなかった。
・・・どうでもよかった。

その人たちの側で起きていたこと
バブルの只中にいる、とされていた人たちの側で、
ワイドショーの向こう側で起きていたことを中継しているような
ちょっと俗っぽい面を
覗いているような感覚、、を持った。

この主人公のアッコちゃん、というのは
とてもさばけていて
へんに計算高くもなくて
したたかのようにみえて
失敗もするし
たぶらかしているように見えて
その実、、、男が放っておかなかっただけで・・・
それを断らなかっただけ。

そのあぶなっかしい行動の源泉は、好奇心だった、っていうところに
小気味いい潔さとたくましさを感じた。
金目当てのように思われてた、その実態は
自分が面白そう、、、と思うものに反応していただけだった、、
失敗はしても
後ろを振り向かない。
・・・これも意志的なものではなくて、、
過ぎてしまったことは仕方ないじゃな~い、、的諦観の妙。


「男に愛されすぎる辛さを
男に愛されない女がわかりようはずもない」

全然嫌味に聞こえなかった。
そういう人もいるだろうなぁ、、と思ったし
そういうこともあるだろう、と。
こういう人が時代のミューズと呼ばれるにふさわしいのだろうなぁ、、と。

俗っぽくはあるけれど
それはそれで
正直でたくましくもある。

なんてなことを思いました。

そして
このアッコちゃんの親友として登場している人は
若くして不慮の事故で亡くなった尾崎豊の奥様。
確か、、、写真週刊誌でその姿を見たことがあるような気がしてたけど
とってもお美しい人でした。
きっとアッコちゃん、、も年齢不詳のお美しい方なんでしょうね。。。
どんどん男の人に愛されて、お美しいままでいてほしいものです。


それにしても
林真理子は上手いな、と。
現実に起こったことであろうことなんだろうけど
フィクション的要素もうまく織り交ぜて、、、
アッコちゃんをモデルに小説を書きたい、、という
女流作家とアッコちゃんの
取材という名の攻防のくだりなど、、
文中にもでてきたけど
”狐と狸の化かしあい”
の部分を
冷静な俯瞰で観て
しかもアッコちゃん側の目線で書ききってるのが
実に上手いなぁ、、と思いましたよ。


林真理子シリーズ、、、いってみますかね。(笑)

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