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おくりびと へなちょこちょこな日々
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2008/12/08.Mon

おくりびと

思いついて観てきました。


img1_1218771384.jpg
(C)2008 映画「おくりびと」製作委員会
特に観たいーーー!!って思い入れがあったわけじゃなく
なんとなく、いい作品のようなので
(それにいい役者がでてるし)
機会が合ったら観たいな、と思っていた作品だった。

案外
映画って、、そんな感じにしか観てない。
タイミングが全て。

そんな全てのタイミングが
ばっちりあうことがわかった金曜日、


そうだ、土曜日にかーちゃんと一緒に「おくりびと」を観よう、と思いつく。



こうやって
パズルが合わさるように
気持ちよく
ぴたーーーっと道筋が見えるようなときは逃してはいけない。
何かに呼ばれてる、とさえ思う。






しみじみといい映画だった。
笑いも取り混ぜて
巧い作り方の映画だなぁ、とも思ったし
あざとさを感じさせずに
こんなテーマでこんな映画が出来るんだ!と
ある意味衝撃も受けた。
それに、自分の受け止め方、にもちょっとした衝撃を持った。

確かにワタシも
死ぬことに対して畏れを持っていたし
なんというか、縁起が悪いとか、できれば避けたいし
あまり考えたくない、っていう感覚を持っていたように思うのだ。
それは
世の中的にもそういう風潮は厳然と在ったと思う。
誰も何も言わないけれど、そのことは決して口にしてはいけない、、ような。
考えない、ということで
あたかもその現実が初めからなかったかのような、思考停止のような状態が。

でも、時代はもう、そのことを選ばない、、とぼんやりと思った。
次の時代に行こうとしているんだなー、、とも感じた。

そして
今のわたしは
当たり前のように
この映画の中の世界にすぅぅぅーっと入っていけてしまっていて
どうしてなのかは
うまく言葉には言い表せないけれど
涙が止まらなかった・・・・。

それは、ワタシはもう折り返し地点に立っている、ということかもしれないな、とも感じた。
そのことが
残念なことでも、悔しいことでも、焦ることでも
恐ろしいことでもなんでもなく
ただ、そうだよね、と受け取っている自分を見つけていたことに
自分でちょっとびっくりしていた。

もしかすると
生き続けていくことは、そのまま死に近づいていくということでもあって、
なんとなく漠然とした恐れを感じていたのかもしれない。
でも、その恐れていたもの、”死の姿”をじーーーーーっと見つめてみたら
案外に、、怖くもなんともなかったよ、、
思ってもいなかった広がりがあったよ、みたいな新鮮な驚きを感じていた。
そのことがなんだか嬉しかった。そして、そう感じる自分をなんだか面白い!と思った。

冒頭、主人公のナレーションが入る。

”夢だと思っていたものが、夢ではなかった、”

自分で、そうとは思っていなかったけれど、魂の求めるものとは違っていた、
違っていたことに今まで気がつかないままでいた、ということに衝撃を受けた、、、
と言う風に受け取れた。
なんか、、この感覚、わかるような気がするなぁ、、と思った。
もっと根源的な
自分の中の野生に帰っていく、というか
年を取ったことで、若さという”力み”がなくなった分、
やっと本来の自分のペースで
道を歩くことができる、みたいな、、、
そんな希望のようなものを受け取った感じがして。


納棺師を演ずるお二人の名演技、
(茶道の流れのように綺麗で優美な動作の本木さんと
朴訥だけれど死者に対する哀悼の念を動作にこめた山崎さんの存在感と静謐な孤独感ったら。)
セリフが少なく淡々とした静かな映画でしたが
所作の美しさ、、、思い、を表現する動作はちゃんと伝わるんだなー、、とか。
死ぬことは生きることと繋がってるんだなぁ、とか。
なんだか色んなことを考えました。

映画の持つ世界観にどっぷりと浸れた、、、
いい映画だったと思います。



かーちゃんは、というと
キャラメルポップコーンを食べたい!といって
買って場内に入ったはいいが
映画が始まってしまったら食べるに食べられなかったりしたこともありましたが(笑)
シニアの値段の1000円で観られるので
こんなこともできるんだねぇ!と、とても満足そうで、よかったです。
おいらも
割引券を使ってちょとだけ安く観られたし。

いい休日でした。ひひひ。
映画三昧 | Comments(0) | Trackback(0)
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